うつ病・不安障害日記

毒親の両親に育てられ、成人後ひどいうつ病を発症した毒子日記です。

うつ病になって得たもの・失ったもの

うつ病になって得たもの、失ったものを考えてみたい。

うつ病になってからずっと考えていたことは、私がこの病気になって、「失うもの、失ったもの」のことだ。「無駄な時間を過ごしている」「非生産的な時間を過ごしている」という考えがずっと頭の中を支配していて、離れなかったし、それは現在も続いている。

特に失ったものは、時間であり、その時間の間でできたであろうこと、である。

1。子どもを産み育てること
2。キャリアを積むこと
3。精神的身体的健康(症状を持ってしまったこと。(手の震えや胸の不快感))
(4。お金:うつ病回復のために費やしたお金、あるいは、この間に自分が稼ぐことができたであろうお金)

以上が私が失ったと思うもの。

次に、私が得たと考えるもの。これはうつ病にならなければ決して得られなかったであろうものである。

1。母との関係の変化。ありていに言えば、私が何をしても、母に何も言わせないようになり、全く怖くなくなった。母の目を全く気にしなくなった。(教わった価値観にはまだ支配されている部分があるが、現実の母そのもの、あるいは母の言葉に脅かされることは全くなくなった)
2。もともと親しかった友人と、かなり親しくなることができた。正直に話すようになり、交流の頻度が増え、関わり方の幅も広がった。
3。父親と直接話すようになった
4。夫との結びつきが強くなった(過酷な時期をともに耐えたため)
5。ロングヘアになった(女性ならわかると思うが、一定のラインを越えるのには、忍耐力と覚悟が必要であり(だいたいこのくらいの年になると普通は面倒で切ってしまう)、内面の変化があった。一度もここまでのばしたことがないというラインまで髪をのばした)
6。一生つきあいたいと思う習い事の師匠ができ、一生やっていくであろう趣味ができた(以前は無趣味であることがコンプレックスであった)
7。外見の雰囲気が変わった
8。秘密
9。仕事の専門的技能があがった(人に対する見方の幅が広がり、思考が深くなったため)
10。人生の中で最も大切と思える人たち、数名との貴重な出逢い・再会があったこと
11。完全な孤独を体験し、完全な絶望を体験し、強くなったこと。心の容量が増えたこと。要は器が大きくなったこと。

先に述べた、「私が失ったと思うもの」は実はまったく失ったとは言えないものばかりである。まだ子どもを産める可能性もあるし、キャリアは今後積み重ねていくこともできる。症状も今うけている伝統的なカウンセリングや認知行動療法でさらに改善させることができる可能性がある。そういう意味では、もしかしたら失ったものはないのかもしれないし、結局得たものしかなかったというポジティブな捉え方もできるのかもしれない。

だが一番の変化は、そういった、「失った」と思えるものが、自分の中から出てきた欲求ではなく、もともと他者(母親)から与えられた価値基準に従ってほしいと思っていたものであり、今では、そういう他人の基準ではなく、自分の自由なものさしで、今後進んでいくべき人生を自由に考えることができるようになってきたという点である。

人は自分がやりたいことをやればいい
そもそも人生なんて重い通りには決してならない
だから、自分の直感に従って、そのときやりたいと思っていることをやればいい

そういうことが、頭ではなく体験的に理解できるようになったということが大きな収穫なのである

うつ病にかかった人は、いったい何を恐れているだろう?
「何を」
と問うてみるといい
本気で「何を」と問うてみるのだ

「鬱の症状がつらい」それを恐れている、それなら理解できる

だが、そうでなく、何らかの価値基準であるとしたら?
うつ病の人間は価値が低い」
というのもその一つだろう。

こういった世間が与えた価値基準から脱却することが、うつ病になった目的である。
脱却すると言ってもそう簡単なことではない

だから私も5年かかってるし、まだまだ完全に健康になったとは言えないのだけれど、それだけの時間をかけるだけの価値はあると、はっきり断言しよう。

5年前にひどいうつ病にかかり、1年半、病院に行くことができず、急性期の重度の状態を続けて、地獄の底を這いずり回った私が言う。

うつ病は、それにかかってそれを治すだけの価値のあるものだ

たとえ人生の中に「うつ病歴」がついたとしても、それを受け入れて人に言えるようになるぐらい、人間としての幅が広がる

今まで見た景色とは別の景色が見えるようになる。

うつ病は、それにかかって、治すということに意味があるのだ

だから「治す」ことを最後まであきらめてはならない

いつでも頭においておくべきことは、「うつ病を治す」ということだ

「治りたくない」というふうに考えるべき段階があることはこのブログでも記した
だがそのステージにいるときでさえ、頭の99%で治らなくていい、治りたくない、と考えているときでさえ、残りの1%では、「治りたい」と考えている自分がいるのだ。

1%あれば十分だ。

過去1%しかなかった私が言う。

うつ病が治れば、今確信しているそのネガティブな考え、それらは全て治っていく。「治らない」という考えもその一つ。治ることがわかってくる。

もともと持っていたあなたの健康的な考え方が必ず戻ってくる。

だから最後まであきらめないで。