うつ病・不安障害日記

毒親の両親に育てられ、成人後ひどいうつ病を発症した毒子日記です。

他人の心を傷つけることでスカッとするメカニズム=パワハラ

3歳年上の姉は、小さい頃とても優しかった。
そしてよく、我慢をしていた。
本当に言いたいことがあるんだろうなと思っても、言わないで黙ってやっているのが分かっていた。

私は姉が変わったなと思った時があった。思春期の頃だろうか?
「お姉ちゃん昔は優しかった」
と言った。そしたら「優しかった?都合いいこと言うな」と言われた。

二つエピソードがある
姉は3歳ぐらいの時、新築の家の絨毯ににヨードチンキをこぼして、こっぴどく母から叱られたという。はっきり言って悪いことをしたわけではない。誰にでもある過ちだ。だが新築だったがために、母が感情的になったのだろう。

その時に私も母と一緒に姉を怒っていたのだとか。
だが問題なのはそこではない。

その時に姉は、母に文句は言わなかった。泣いたりもしなかった。父にも、母や妹から怒られた不満を言わなかった。言えなかった。

なぜだか分かりますか?
両親にそれを受け止める力がないと、姉の心がキャッチしていたからです。

もう一つのエピソード
姉が小学校低学年の時に同級生と自転車に乗って遊びに行くことになっていた。
その時3歳下の私も自転車でついていきたいと行った。
まあ妹が姉の仲間に入りたいという、よくある話です。
しかしこの時期の姉妹は3歳違えば体格が違う。乗っている自転車の大きさも違う。
姉は妹を連れて他のみんなと同じペースで遊びに行くことはできないと思った。
だが母が「どうしても、のんのん(私)を連れて行ってあげて」と言う。
普通はここでも姉が「連れていけないよ」と母に言ってもいいところだろう。
だがここでも姉は言わなかった。言えなかった。

なぜでしょうか?

母はまず、姉の置かれている状況を理解しない。ただ妹が行きたいと言っている、その思いを実現させてあげたいと一度思ってしまったら、そこから思考が離れない。姉の置かれる立場が想像できないのである。想像しようともしないというのが正しいか?言ってみれば、姉に対する想像力を働かせることより自分が優先なのである。

そして父親である。
母がもし、そういう人であったとしても、どこかで父親がちゃんと見ていてくれる、かばってくれると言う安心感があれば、後で父親に言うだろう。「妹を連れて行かされて大変だった」と。だが、父親は子どもに、否、人間というものに、愛情というものがない人である。例えば子どものことが心配でやきもきするとか、イライラするとか、そういう葛藤がない。愛情がないからである。心配さえしない。そんな父親が守ってくれる、筈はない。

わずか小学校低学年でそれを察知していた私の姉は、その時真剣に考えたという。
”どうやってのんのん(私)を自転車に乗せ、自分も自転車に乗り、他のみんなについて行こうか”と。
彼女がそこでとった行動は、私の自転車のハンドルの部分を掴み、私の遅いスピードの分を自分が補完し、引っ張りながら自転車を漕ぐことだった。すなわち強くならざるを得なかった。

これらの経験から彼女は
「私には家族がいない」
と考えて生きてきた、という。

そして思春期の親からの否定。学歴重視の家で最高の学校には入れないことに対する親からの不満。学歴の高い結婚相手を探してくることのできないことから来る不満。
最後にはこう言われたという
「(京大の人と結婚した)○○の母親になりたかった」
それを本気で思っていたのだ、私の母親は。

今、自転車のエピソードのようなことを繰り返していくことによって力をつけて言った姉はゾンビのようになっている。
女性でありながら30代で大企業の部長となり、子どもの世話家の家事その他全部両親に任せている。
その時の心境はこうなんだそうだ

「これで満足なんでしょ?あなたたちが望んでいたのは、一流企業でそれなりの地位につくこど。だからその分あんたたち私の召使いやってよね」
そうやって、親からの手伝わされていることへの不満を適当にあしらいつつ、奴隷のように使っている。

そして会社では人を文字通り蹴落として地位を獲得し、きつい上司で鳴らし、部下が何人も姉の元を去り、2人はうつ病パニック発作になっているそうだ。部下を病気にしてしまうって余程のことだ。

そして彼女は、こう思っているのだという
「私は生きるために、本来の私の持つ、優しさ、の部分を捨てた、もう元には戻れない」と。
そして「人は信用していない、自分に自信をつけるしかない」と。

自分が受けた心の傷を
相手の心を傷つける

というやり方で晴らしている

いわゆるパワハラ上司の出来上がりとはこれである

自分の心の傷つきや、親の対応に対する怒りの念は、
他人の心を傷つけることで、解消されてしまうのだ
他人の体ではない、心を傷つけることに、意味がある

世の中のパワハラを行なっている人たちは、
みんなこうやって出来上がってきているのだろう

だが誰が私の姉がこうやって生きざるを得なくなったことに対して、
文句が言えるだろう???
両親が守りにならないという過酷な生育環境の中で、
いくら言っても、いくら傷つけることを言わないでと言っても
それを止めることのなかった両親。
本来は繊細で優しい彼女が生きるために、最大限とった生き方を
誰が責めることができるだろう?

誰が?
誰が?

誰が?