うつ病・不安障害日記

毒親の両親に育てられ、成人後ひどいうつ病を発症した毒子日記です。

現在の治療方針

 大筋は変わっていませんが、治療方針の重心を変更しています。この1ヶ月で、活動はできるようになっていても、絶望感が増強した、という状況になってしまっていたので、家族と相談して方針を変更しています。
 絶望感の原因は、日常生活の些細な行動に困難さを感じることでした。椅子から立ち上がることも、入浴することも、大きな負担があり、「こんなことをするのにもこんなに困難を感じながら一生を過ごすのか」という思いが、苦しみの源になっていました。
 そのため、日常生活の行動からまず、やりやすくなれるように、環境を整えることにしました。
 
(1)喪の作業を進める
 病気になるきっかけは、自分を支えるいろいろなものを失ったこと。周囲の人に話して、たくさん泣いて、心の中のものを吐き出しています。悲しいさ、悔しさ、苦しさ、そういったものを身体の中にためこまないようにしています。傷つきすぎて振り返ることのできない物事もありますが。でも心の底から涙を流すと、その後、すっとして気持ちが良くなります。
 これまでの気持ちなど、両親に手紙を書こうかとも思っています。
 
(2)安心できる環境を整える
 今までは自宅に一人でいられるようにしていましたが、一人ではご飯が食べられなくなったので、やはり実家で昼夜と2食、食事をとらせてもらい、夫も夜は実家で食べてもらうようにしています。これで夫に対する罪悪感も減ったように思います。ご飯もだいたい平日は問題なく食べられるようになりました。
 一番大きいのは、夫から両親に病気に対する理解を求めるための働きかけが行われるようになったことです。両親の理解が深まり、病気を治していくための体制がさらに強化され、私自身の安堵感が変わりました。
 
(3)生活の中に、気分の良くなる活動を取り入れる
 毎日、前日にやることを決めて、日課を作り、実行しています。料理やゲーム、ブログを書くこともそうですし、ジョギングなどの身体活動もしています。その際に、行動を起こすことが困難であれば、どんな行動ならばしやすいか、行動を起こす際に何か思い込みがないかどうかなどを、夫とともに探っています。
 
(4)新しい生活に適応していけるよう、役割を模索していく
 これはまだ先の課題ですが、病気になる前となった後では全く自分の役割というものが変わってしまい、それに適応することが病気のせいで困難になっているので、どのような新しい生活をしていけばいいか、模索していきます。