うつ病・不安障害日記

毒親の両親に育てられ、成人後ひどいうつ病を発症した毒子日記です。

食事つくりに関する認知

 数日前、食事つくりに関して、考えが抜けた。すっと抜けた、というよりは、自分で努めて考え方を改めるようにした。食事つくりがなぜ進まなかったかという、そのとき考えていることに焦点を当ててみたら、いろいろな、思い込みと決めつけが絡まり合って、妨げていることに気づいた(認知療法)。
 
≪食事つくりを妨げている認知・自動思考≫とそれに対する妥当な考え・つっこみ
・本来の計画なら引っ越して出産してからきちんと食事を作ろうと思っていたのに←計画のために食事を作るわけじゃない
・スーパーAは遠い←実際はスーパーBとさほど変わりないが、いやならBにすればいい
・比較的近めのスーパーBでは、主要で用いているクレカが使えないからポイントがもったいない(Aでは使える)←クレカのポイントのために買い物をするわけじゃないし、お金がもったいないという話で言えばもう治療費でかかりまくっているから今更なんだって感じ。食費では大したポイント数にならないし。
・病気だから責任が負担になる←その可能性はある。負担になりすぎないような工夫を。
・毎日食事を作らないといけないなんてなんかいやだ。負担。←その通り。みんないやだ。いやでよい。
・また具合が悪くなって症状が再燃したり戻ったりしないか←可能性はある。やりながら自己観察する
・いくら健康のために作ったって放射能がついてたら同じだ←それは自分だけの問題ではない
・副菜まで作らなければいけない。そうじゃなければ作っている意味がない。←完璧にやろうとし過ぎ
・完璧に作ろうとする作り方が私の母のやり方と同じ。母の完璧主義は嫌い。←じゃあやめれば
 
 これらの考え方に対する反論全てに心から納得したわけではないが、ただひとつ、自分でも目から鱗だったのが、自分が、スーパーBではクレカが使えないからいやだと考えていたこと。そしてそれに対して現実的な考え方を導入してみたら、びっくりするぐらいその思い込みがとけたっていうこと。
 この思い込み一つがとれたせいで、スーパーBへ行けるようになった。ばかみたいな話だがそれまでは、そう考えている自分にすら気づかなかったのだ。
 
 認知療法で大切なのはとにかく、「不適切な行動に導いている考え方にきづく」こと。そこから始まる。