うつ病・不安障害日記

毒親の両親に育てられ、成人後ひどいうつ病を発症した毒子日記です。

小説

あまりキャパシティが大きくないその夫婦は、人生の大海原に船をこぎだす代わりに、小さいながらも骨組みのしっかりしている家を、砂浜に建てた。ある程度の台風が襲ってきても、まあまあ壊れることのないしっかりとした家を建てていた。この家が特徴的であったのは、小さな家であるにも関わらず、大したことでは倒れなかったという点だ。

その骨組みの特徴は、過度な慎重さと、身体の健康さ、お金の堅実さ、であった。彼らは、お金を誰かに貸すことはせず、借りることもせず、貯蓄に努めた。身体の健康には異常に気を使った。毎日の食事は、食べたい欲求に従ってではなく、健康的な観点から見て用意された。健康診断は毎年欠かさず、触っただけですべてが読み取れる神の手をもった鍼灸師を文字通りの主治医とした。そしてラジオ体操や長時間の散歩を日課とした。大きすぎる買い物をせず、人との付き合いは最小限にとどめた。人間が最も有害であるということを知っていたからだ。彼らはキャパシティを広げるという冒険をしないことによってリスクを避けた。近所の人たちは、彼らが「何かをひそかに隠している」という印象を持った。本音を出すことを徹底して避けたのだ。

 

身体の健康を保つこと、金銭の使い方に慎重になること、人との付き合いを最小限にすること、これらの方法によって、彼らの小さい家は大きな台風に見舞われることなく、また多少の雨風であればしのぐことのできる家を建てた。

 

一方彼らが徹底して無視したのは「心」である。

「心」がその小さな家を保つ上で最も邪魔となることも知っていた。心を一度動かしたならば、自分たちのキャパシティを超えてしまうことを知っていたのだ。

さまざまな欲望、葛藤、信頼、裏切り。夫婦が信頼関係を保つために行ったことはやはり人付き合いを避けることだったのだ。誰か別の人に心動かされるリスクを避けるために。この家族と交流をする家族はいなかった。(続く)